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Fri, 7 Apr 2006

7.同条件。

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 その女は、一番駅近くの坂崎旅館を正面からくぐった。そして、やって来た女将に対し、タクのお子さんはいらっしゃいますかと尋ねた。
 やって来た哲也に対し、その女、佐々木明美はこう言った。
「よう。久し振りだな、坂崎」
 哲也は、迷いもせずこう返した。
「そだね」
 佐々木はカンが鋭い。この、たった三文字の言葉で全て分かってこう言った。
「ゲロ大会の場所はどこにする?」
「俺の部屋でいいんじゃない?」
 二人とも、この手の話に無駄はねえ。さっそく二階へ上がって、佐々木は話を開始した。

 その次の日。俺の家の店に佐々木がやって来たのは閉店間際、俺が学校から帰って来たあたりだった。
 佐々木は、マスターに、タクの息子と折り入って話をしたいんですが、と告げたという。
 折り入って、という言葉と、来店時間をあわせ、おやじはまず本日閉店のカンバンをドアに掛けて、ライトを低めに落としてから、俺をカウンターに呼び、客の相手をしろと告げた。
 俺が、なんだなんだと思いながらカウンターへ出ると、そこには見知った顔のやつがいた。俺は、動揺を何とか抑えるので精いっぱいだった。その顔は、この一生じゃなく、前の前の一生で見たものだったからだ。
 だから、これでもツラには出さなかったつもりだ。ほんでも相手は、こう言って来た。
「よう。久し振りだな、サッカー部君」
 俺は、どう対処したらいいか分からなくなった。

 相手は、カウンターに座り、メニューを取り出して、どれにしようと頼みものを探していた。俺は、もうはっきり動揺した。
 佐々木か。こいつは佐々木なのか。あの一生目の。思い出しているのか。俺と同じように。だからここへ来たのか。
「井上」
 声を掛けられてはっとして、佐々木と視線を合わせた。
「坂崎を呼んで来な。ゲロ大会のコツはメンツだろ」
 俺は、足がすくんだ。動けねえ。またしても。
「実はここへ来る前に、坂崎のところへ寄った。あたしがあの一生を思い出しているということを、誰に言ったらいいか分からなくてな。坂崎ならと思って行った。そうしたら、あんたに話してもいいとよ。だがどうせなら、当事者が全員揃ったところで話がしたい。
 あんたが戻って来るまでには頼みものを決めておく。呼んだらどうだい」
 俺の取る道は、哲也に電話する、それしかなさそうだった。
 店の電話から掛けると、哲也はすぐに行くと言ってくれた。
「迎えに行ったらどうだい。夜道は危ないぜ?」
 佐々木は、メニューに視線を落としながら言った。

 そして、俺の家の店には哲也、佐々木、俺がいるって寸法。
「ひょっとして、夕飯を食っていないのってあんただけかい?」
 佐々木が、キリマンジャロを頼んだ後に言った。俺は頷いた。
「悪いなあ……話は短くないんだよ。食って来てくれないか?」
 俺はそうすることにした。ちょうど腹がぐーぐー鳴っている頃だったし、なんとなく、佐々木は哲也を怒らせるような真似はするまいと思ったから。

 で、俺のハラも収まって、話し刻が来た。
「まず……あたしの名前は佐々木明美。前の一生と同じさ、笑っちまうだろ」
「そうでもねえ。俺は井上知治、哲也は坂崎で、同じだ」
 俺は、佐々木の問いに初めて答えた。
「そうかい。あたしは笑っちまったけどな、思い出した時」
 佐々木は、キリマンジャロを飲みながら話した。
「まず、あたしが思い出したのは合同祭で、だ。開会式でみんなが集まるだろ。その時の風景がさ、おかしかったんだよ……あれ、あたしはひな壇上の人物を見る側だったっけ、ってな……それで思い出したのさ。
 ただし、一生の全部を完璧には思いだしちゃいない。学校の勉強から、何から何まで。全部中途半端なのさ。あんたらは?」
 へーえ……中途半端ってこともあるんだ……。
 って、俺に訊いているんだな。哲也と事前に話をしたということは。
「俺も学校の勉強は思いだしちゃいないが、そう中途半端でもねえ。他はわりと覚えている」
「そうかい。あたしの場合は霧がかかったように朧げでね。詳しいゲロは勘弁して貰うぜ」
 ゲロなんて言うなよな飲み物屋で……。
「で……あたしは、あんたらといた一生と、別な一生の思い出も、実はあるのさ……聞いておくれよ。……へんな記憶を」

 佐々木は言った。
「あの一生は自分の名前も覚えちゃいない。どうも生まれは沖縄だったらしかった。そんなあたしに、とある知り合いがいたのさ。こいつも名前は覚えちゃいない。こいつを仮にAとしておく。
 Aは、島じゃかなり頭がよくて、高校を出たら東大に入ってやるとかなり前から方々に触れ回っていた。自信たっぷりにさ。あたしの成績はどうだったなんて覚えちゃいないが、どうせよくはなかっただろう。
 そりゃいいとして……Aは結局、東大は落ちたらしい。それでも、事前にあれだけ大っぴらに周囲に触れ回っていた経緯上、島には残れなかったらしく、高校を出たら東京へ行った。大学は、滑り止めもなにも受けていなかったから、浪人状態で行ったようだった。
 あたしは、Aとはそれほど親しかったわけじゃない。だから、二十歳になる頃にはAなる存在なんて忘れていたよ。あたしは今も昔も地元人で、島を出る気はなかった。
 ただ、遊びに行ったことはあった。いくつの時だったか、東京へ行ったことがあったのさ。ダチと、普通に旅行へ行って、そこらのメシ屋に入った。
 そしたら、Aがウェイターをやっていた。
 あたしらの席に来て、注文を取りに来て、あたしの顔を見た途端に驚愕していた。ただ驚いたなんてもんじゃなかった。のけぞって、伝票をブン投げて、大声を出して叫んで店の外へ消えた。
 びっくりしたなんてもんじゃなかった。
 しかも、これだけじゃなかった。数年後、あたしは今度は大阪へ遊びに行った。そしたらまたどこかの食い物屋へ入ったらAがウェイターをやっていて、またしてもあたしの顔を見て驚愕して逃げ出した。
 この、Aなる人物とこういう経緯があった人生を仮に二生目と言い、あんたらとタメだった人生を一生目と言うと、あたしが思い出したのは最初は二生目だった。これはガキの頃から夢に何度か出ていたからだ。だがそれが前の人生だなんて思っちゃいなかった。ただの夢だ、そう思っていた。
 ところが、それが一つの人生だったというのは、このあいだの合同祭で一生目を思い出したからなのさ。
 Aというのは、……西川遼太郎だった」
 佐々木は言葉を紡いで行く。ひとつひとつ、ゆっくりと。
「あたしは一生目、遼とは結構な間柄でね。肉体関係とかそういうんじゃないぜ、とにかくワケアリでね……」
 あの監獄のことを言っているんだろう。
「今となれば推察するしかない。
 遼が二生目、なぜ東大へ行くとあれほど周囲に喧伝していたかというと、おそらく一生目を勉強の分だけ思い出していたからだろう」
 佐々木が勉強の分だけ、と言ったのは、遼太郎が入学試験を二度と受けたくない、と供述していたからだそうだ。
「二度目となれば勉強量も二倍、実際前の人生は受かった、だからだろう。
 だが落ちた。何故か?
 これはあたしのカンだが……一生目、遼は補欠で受かったと言っていた。それは、……成田の相棒だから、だったんじゃないのかと思う。一生目は成田の相棒だから補欠、二生目は何の肩書きもなかったから落ちた……」
 そんな……。
「遼が一生目を思い出していたというもう一つの証拠は、あたしさ。あたしを見て、ウェイターの遼は恐れをなして遁走した。あたしはカンが鋭い、自分も一生目を思い出しているからにはあたしもそういう可能性がある、だからこういうカンを巡らされ、笑い草にされるのが厭で……。そう外れちゃいないと思うぜ、このカンはな。
 で……あたしがここへ、坂崎の家へ行った理由は、あんたらも思い出しているんじゃないのかな、と思ったのさ。
 あんたらが一生目と同じ名前だというのは調べて分かっていた。だからひょっとしたら思い出しているんじゃないのかと……。
 最初に坂崎の所へ行ったのは、坂崎、あんたには牙があるからだ。咬み千斬られるわけには行かなかった。あたしはまだ、自分の素っ首は繋げていたい」
 まあ、正しい判断だと思う。
「坂崎が女というのにゃびっくりしたが……。あたしは朧げに覚えている一生目、井上、あんたが坂崎の死後どういう状況だったかこの目で見た。それは憶えている。
 だから」
 佐々木は、今度はレモンティーを注文した。

「まあ、済んだ話さ」
 佐々木は、韜晦するかのように言った。
「二生目の記憶は言ったまでしかない。一生目の記憶もあやふやだ。昔を言ったところで始まらない。
 ただ、これだけは覚えていてほしい。遼のことさ。
 おそらく、かなり近くにいる。そして、間違いなく思い出している。カンの根拠はあたしとあんたらだ。条件がほとんど似ているからだよ。
 あいつを見たらあたしに連絡して欲しい。あいつはあんたら二人のことをよくは思っちゃいない」
 ……。
「ちょっかい、なんてもんじゃなく、攻撃を仕掛けて来る。記憶のあるあたしは盾になれる。遠慮せず言って欲しい。
 今日の用件は、これさ。
 ところで井上、マジで美味しいなあんたの。また来るぜ。もう陰気な話はしないからさ」
 佐々木は、レモンティーをぐいと一気飲みして、ジャラ銭を払って去って行った。

 俺は、店の片づけをしながら哲也に訊いた。
「どう思う?」
 佐々木の、さっきの言葉を。
「俺にも同じように言って来た。俺に訊いたのは、遼太が俺達をよく思っちゃいないと、トモに言っていいかどうかだった」
 そうなのか……。
「遼太も生まれ変われる体質らしいね」
「だな」
 一生目の記憶は確かにあったんだろう。だったら、……来るな確実に。おちょくりに……。
「あんちゃん達に調べるように言っておく。管内に遼太らしき人物がいないかどうか。学生じゃないかもしんないし」
 ああそうか、年齢が違うかも知れねえもんな。
「佐々木にはこれからも、あんたの判断でトモと会話してもいいと言ってある。俺の牙を喰らっている、おかしなことは言わない」
 だろうな……。

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