blog 107

Fri, 7 Apr 2006

6.もしも。

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 震えが来て止まらなかった。その為に蛇のもう一匹を生かしていたなんて。
 地下深くに牢屋を設け、隣り合わせた独房が二つあるのみのその階へ、一人づつ生かしたままで放って置いたなんて。
 独房二つは壁ではなく鉄格子で仕切られていたなんて。
「葬儀を聞きつけ不法入国を試みた、らしい」
 俺こそが抱き着いていた。震えて、瞬きもしていなかった。
「たっぷり貸しのある本条へ命令した。かくかくしかじか、この施設をこさえた成の死後奴が入国したら放り込めと。
 俺が姿を見せれば依怙地になるだけ、自白はしない。佐々木を出向かせた。事態のほぼ全てを知り、見切っていながら手を下せず、うやむやにするしか脳がないと嘆いていたから丁度良かった。
 今度はクンディナマルカ県という世界有数の危険地帯で生き延びることを、贖罪の名目としていた。生きることは生者の誰もが出来ている。あんたが一番惚れた女がそれを聞けば哀しむだけだと、やっていることは変わらないじゃないかと佐々木はなじった。
 せっかく生きているのにそりゃねェだろ、それが反応だった。
 俺の話を聞きつけていた。大した出世だ、さすがいいご趣味だな。佐々木は言った、あんた程じゃない」
 以降、交互の会話。
「どうしてこんな暗ェ所に押し込められなきゃならねェんだ?」
「不法入国だって? 何故堂々と墓参りに来ない。本来はあんたが喪主の筈だぜ」
「管内か。聞きたくねェ一番の単語だぜ。どーせ俺ァンな晴れ舞台に立てる器じゃありませんヨーだ」
「あんたにゃ牙も無い。残念だったな遼、立派な五体に最高のツラを持っていながら研ぐモノは貰えなくて」
「こりゃまた……大親友にすらイヤミかまされるだけの存在かい」
「大親友を置いておく、だろ。あたしとあんた、成田とあたしの間には、最初から何の親しげな肩書きも無い」
「じゃ何でこんなトコロにまでいらっさったのかしらァ?」
「ケリをつける為にさ。あたしは延々何十年と有耶無耶にし続けた。その罪を贖う為に」
「贖うべき人間は死んだ。もーォ罪は消えた。お前がこんな物騒な施設を用意出来るワケがない。前菜は要らねェ、メインディッシュを出してくれ。絶品のな」
「結論を出すのが早いぜ遼。前みたいに大量の聴衆がいなくて悪いけどさ。尋問に応えてくれ。何故あんたはウメコを見殺しにした」
「まだそんな話をするのかしらァ? 分かっているくせに」
「あんたがゲロすることがメインさ」
「それを聞くべき人間は未来永劫墓の下だ、お前じゃ貫目が足らねェよ」
「そうか。遠い異国の地でご苦労さんだな遼。反省したかい」
「しましたよォ?」
「じゃ、今からあたしと管内三番駅向こうの岬の墓へ行こうじゃないか。白い花束を持って」
「俺は墓へ愛の告白をする趣味はねェ。それともナニか、隣の墓へ入れってか?」
「御託はいい。成田家之墓へ行ってワビろ、遼」
「聴衆は三千か?」
「いや、一人だ。成田梅子ただ一人」
「付き添ってくれんじゃねェのか?」
「途中までさ。駅までは送ろう。花束は当然駅裏でご購入だ」
「それでェ? 行ったら大量の出歯ガメが湧き出ていて、ボクはまたしてもお恥を掻いて今度は月にでも行けばヨロシイのかしら?」
「西園寺はどうした」
「チョイと用足しに行って来まーす、つって放置プレイ。そんで高飛びよ、俺だけな。後は知らん」
「あたしが殴った後の感想は?」
「コメントか? あると思うか?」
「是非聞きたかったぜ」
「なァんだ。やっぱいるんじゃねェか、大量の出歯ガメちゃん。ってゆーかァ、もォいやがるな。誰か知らねェが気配がするぜ? そう多くはねェようだが」
「不法入国で暗い所ったら牢屋と相場が決まってるだろ。ワンフロア全部をあんたが占有ってワケにゃ行かないさ」
「ほーォ。今度は非当事者にまで大公開ってかァ? 僕ァもう恥を掻きたくないんだけど? いい加減トシですからねェ」
「そうか。冷たい床は性に合わなさそうだなあ」
「合う奴がいるかよ」
「遼。これが最後のチャンスだ。今からあたしと一緒に成田家之墓へ行ってワビな。嫌なら生き地獄が待っているぜ」
「生き地獄のなんたるかを知らないキミに言われたかないね。知ってるゥ? サンタ・フェってさァ」
「行くのか行かないのか、恥をゲロするのかしないのかどっちだい。あたしに言わせりゃ簡単なことだぜ。ウメコがアホでバカでブスでトロいから、んなもん死んだって構わねェ。そう思ってせせら笑って見殺しにした御免なさい許して頂戴。なんて言うのはさ」
「俺の代わりに今の一字一句を言って来てくれ。何も変わりゃしねェよ」
「あんたが行って言った、という事実が大事なのさ。行くか、行かないか。最後の問いだ。どっちかで応えな、話を逸らさず」

「そいつは延々と話を逸らした。佐々木は我慢強く耐え、何とか応えを引き出そうとした。だが無駄だった。佐々木は聞きたくも無い、危険地帯の死の日常まで聞かされて、ほんでもずっと耐えていた。
 耐えられなくなったのは、すぐ隣で聞いていた奴の方だ。開口一番は」
 止めろと言うことは出来なかった。
「やあ」
 体が冷えていた。
「そいつはすぐに硬直した。牢屋の正体はワンフロアに独房二つ、仕切りの鉄格子はコンクリートの壁に見せかけただけの薄っぺらい紙で覆われてるとようやく気付けたらしい、なにせ照明は無いも同然だった」
 以下、三者(ほぼ二者)の会話。
「久し振り。佐々木さん? その人と話をしても、無駄だよ」
「らしいな」
「ふーん。僕と話をしてくれるとは、思わなかったけど」
「程度が違わないようだからな」
「そう。この為に、僕を発狂もさせず生かして置いてくれたんだ。感謝するよ」
「生かしたのはあたしじゃない。そんな力は無いさ」
「そんな事は無いよ。君はよくやった。僕にご馳走を残して置いてくれたんだから」
「残すかどうかは、あんた次第じゃない」
「僕次第だよ。だから僕がここに居る」
「遼。あんた次第だ」
「無駄だよ、佐々木さん」
「あたしは所詮ハコをこしらえるだけしか脳はない。聞きな遼。あんたの言う生き地獄よりましなこの牢屋で一生。成田夫妻の葬儀に参列した全員、計一万二千の出歯ガメの前でワビ、しかる後一般市民生活。どっちかを選びな。カラダが冷えて来たんでね、あたしゃ失礼するよ。返事はそこの電話で言いな。番号は当然一一〇番だ」

「紙の裂ける音を背に佐々木は退場した。その電話は受話器を上げた時点で本条のデスクへ直で繋がる。その後俺に報告が来る仕組みだった。俺が生きている内は無かった。この手の通報案件はあの庁内に腐る程ある。本条が退官した後も引き継がれている。俺が調べた限りでは、一万二千が動いた形跡は無い。
 トモ。引かないで」
 ……
「引かないで」
 ……
「トモ。トモ。トモ」
 ……
「応えて」
 ……
「Say, Tomo...」

 慈愛に満ち溢れた淡い声で。
 一生を賭した熱い舌で。
 俺は、
 浴びるように、埋め尽くされるように、無差別な牙の全てを。

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