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Sun,27 Jul 2003

He strayed from the path of … end.

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 うちへ帰る。その途中に流れる様々な風景。すれ違いざま必ず助手席を見る二人。結婚式のあの表情をずっと見せてくれたなら、そう思っていた。ずっと変わらぬままだった。花火大会の後でさえ。
 俺が悪いのか。俺があんなことをしなければよかったのか。し続けなければよかったのか。全ての鍵は俺が握っていた。渡せばいいのか、今すぐにでも。
 警備の連中に状況を確認、日常は今日も変わらず。いつもならすぐ一階の店舗へ、クリーニングを取ってうちへ行く。今はまだ時間がある、そう思って、掛けた。
「おう、どうした。珍しいじゃないか……この間は喚いて悪かったな」
「佐々木。俺は鍵を渡すべきか」
「……迷うとは珍しいじゃないか。鍵はいつ見捨てたと気付いた」
「俺の元へ初めて来た日だ」
「いつ惚れたと気付いた」
「俺に遅刻させられた翌日、部室で対峙した日だ」
「……訊いていいか」
「こう言ったと。“何か罰が欲しいか。それクリアしたら許されると思っているのか”」
「……事情の全てを知っていながらまっさらな心でその台詞……梅の字が賢明だ、か」
「遼が梅子に興味を持ったのは、“なぜD高の女を連れて行った、そんなことをしたら“テメェが”どうなるか分かっているんだろうな”との問いに、“テメェはどうなったっていいです”と梅子が応えたからだと言うが、実情はまるで違う」
「ウメコが汚名を着て退学になるかも、じゃない。遼が三千……いいや、島国中の大物共から見捨てた咎人と責められる、だ。保身も体面も考えていない、器が違うんだ、最初から分かっていて……なぜ坂崎のように負けを認められない。なぜ井上のように現実を認められない。なぜ相棒を殴り倒して自分が手に入れなかった。……あんたらって一体なんなのさ」
「相棒だ」
「分からないよ。もう充分クリアしたんだ、なぜ諦めない……」
「違うな。これからクリアする気だ」
「……勘弁しろよ」
「それを中断させた方がいいか。自力でクリアさせて許した方がいいか」
「坂崎なら遠慮なく後者だな」
「佐々木なら遠慮なく前者だろう」
「そう思ったよ。だがな、あたしは断罪者じゃあり得ない。成田、あんたはいつ見捨てたと気付いた?」
「梅子が中野とEの教室前を通った時だ」
「! あんたが、……あんたが止まったのは奴のせいじゃなかったんだな!? 遼と同立場になる為だったのかよ!!」
「遼は勝負の場には向かん平時の器だ。俺がそうした」
「何故!?」
「遼はあの時、梅子を試してはいない」
「……どういうことだ」
「そうか、佐々木でも分からんか。
 騒動は授業を潰してでも延々続き、事態を聞きつけたスーパーマンの俺が授業中だろうがなんだろうが構わずF組へ飛んで行って糾弾したやつらを一刀両断する。これが遼の予測した“その後”だ。
 泣きじゃくり、俺に甘えて頼るだけの存在だろう梅子の目の前で、ええ格好しいな相棒がひとり格好よく振る舞う場を演出してやろう、そう思って黒子のように舞台を設えていただけだ」
「……」
「まさか間違っても休憩時間内に事が収まり、俺が現れる時間的余裕すら与えず梅子が中野の手を引くとは予測も出来ぬ間に、梅子が数十人からの加害者共を瞬時に黙らせA高を脱出した。おそらくそのタイミングは佐々木、お前より速い」
「……」
「黙らされたと思った全員が自分を被害者と思い込んだ。加害者は梅子、そう思った、思い込まされた。その僅かな空白の時間帯に休憩時間が終わり、次の授業が開始された。梅子以外の、被害者面した全員が無事自席に着き、いつも通り授業を受ける。囁きたくなる言葉は“邪魔者が出て行った”“あんなことを言うやつなど当然だ”“ザマーミロ”、だっただろう。
 ひとり遼だけは違っていた。
 予測不可能な出来事を初めて経験して混乱した。空白の時間帯に何一つ判断出来なかったどころか、その場の雰囲気にのまれ、皆と同じく自席に着き続け、いつも通り授業を受け、周りで囁かれる言葉が耳に入る程時間が経過してやっと気付いただろう。こんな短時間で事態が終息したなら止めるべきは自分ただひとりしかいない、見捨てたな、そう糾弾される身になったと。
 遼の意識を覚醒させた囁きはE組内だけのものだった。
“邪魔者が出て行って、相棒もさぞよかれと思っただろう”
 これを聞いて、遼は初めて事態がどう展開されたかに気が付いた。自分の無反応な行動が刻一刻梅子を加害者と思わせていたことに。無言は肯定と取っただろう、俺が誰ぞに邪魔される人間ではないと知っている者達ですら。そうか、俺と大恩人はそういう下らぬ話だったか、とな。なにせ俺の成績はA高向きじゃない、管内に居座るだろうと知っていたやつらでさえ、中三で成績を上げた俺に、やはりエリート校へ行くのかと思っただろう。なのにA高へ。遼の相手もいた。邪魔者ありという騒動内容。噂を知らない、聞いても嘘と思っていた俺や遼の知り合いですら、遼が止めもせず無言の肯定をしたことで、事実だったのかと思っただろう。
 俺に釘を刺されていたから罵詈雑言を聞いても無視したと公言すれば相棒同士共倒れだ。だが釘を刺されていた以外でも取れる行動はいくらでもあった。なにせ梅子はもういない。無論正解は坂崎の考え通りだ。俺から遼の相手に接触すれば下らん話が出るからな、その役は遼がやればよかった。騒動を全て聞いていた遼が授業を抜け、身を晒し、隣に並ぶだけではっきり誤解される二人をF組へ無理矢理引っ張れば最善だった。動かずとも、隣のF組にもよく聞こえる程大声で“俺は成田の相棒だ、今の話は全部嘘だ”とE組で叫べばよかった。その前に、騒動が起きた時改造携帯で俺を呼べば事は済んだ。
 だがありとあらゆる事後策を考え付いた時、既に遼の動かぬ行動は周囲に完全誤認されていた。
 遼は誰より俺に怯えていた。なぜ俺の梅子を助けなかったのかと皆の見ている前で俺に糾弾されると思ってな。俺は勝負所の判断を、一時間どころか一瞬でも遅れ、出来ず、躊躇う人間に用はない。誰より遼がそれを知っている。そんな無能者など俺の相棒ではないと公の場で言われ、切り捨てられ、肩書きを失うのが怖くて案の全てを勝手に放棄した。恐怖を先に考え付いて足を止めた。止めた時間が長くなれば長くなる程遼は身動きが取れなくなった。
 そうやって、遼は完全に梅子を“見捨て”ていた。梅子の存在など既に思慮の範疇外、ひたすら自身の保身対策だけを巡らせていただろう」
「遼は待っていたんだな、あんたが噂を聞き付け授業を抜け、事態の全てを解決してくれるのを」
「おそらく」
「あんたも遼が来るのを待っていたんだな。どんなやつにどんな下らないことを言われても関係なかった、遼ならその判断が出来ると、この事態を打開すると信じていた」
「そうだ。だが遼は動かない。渡り廊下を渡ったのは奴でも、梅子の親友でもなく坂崎だった。隣のクラスどころか同じ教室内の隣の席、なぜ今更動いた、なぜその場で言わなかった、止めなかったと誰からも後ろ指を指される、遼と極めて近い立場にあった坂崎が、全ての制約とプライドを振り切って最良の方法を選択した。誰の名誉も傷つけず、中野の名すらも一切出さず、嘘の噂を瞬時に打ち砕き真実の噂を流すことにすら成功した。下らん足止めで動かなかった俺を動かさず“動かした”。
 その言動内容を聞いて遼はさらに動けなくなった。もうなんの行動も取れはしない。まさか自分の相手の所へなど行けんしな。本当に、今更なにをやっても全員に糾弾される身となった。と、思い込んだ。
 その後E組で囁かれた言葉は、視線は、誰より遼へ鋭いものだっただろう。“あれって大嘘だったんだって”“遼太郎はあの話、嘘ってすぐ分かった筈だ、なのになにもせず、ずっと座り続けている”“あの人って成田っていう人の相棒だったの?”“そうだ”“知っているよ、あの人がなにもしなかったから、てっきり本当かと思ったのに”。
 遼が単にその場を立ち、なにもせず戻れば“耐え切れず逃げたか”と言われる。かと言って自分がすべき事はもうなにもない。そう思い、ただ座り続けた。
 だがこんな事態になってさえ取れる行動はあった。C組へ来て、ありのままを言えばよかった。俺は無能につき判断出来なかった、今更動いて済まん斉、かくなる上は一緒にD高へ行って梅子を確保しA高へ無事帰還させ、校長室へ行き、事態を釈明し陳情しようと言えばよかった。奴からだろうが誰からだろうがその場できっちり糾弾され、恥も外聞も捨ててしまえば後々まで引き摺らずに済んだ。それすら遼は出来なかった。出来たのは偶然降って湧いた有耶無耶案にタダ乗りし」
「悪かったな」
「謝罪は必要ない」
「何故。糾弾すりゃいいじゃないか、この案は加害者の罪を有耶無耶にする、被害者の気は絶対晴れない最低の方法だとな」
「最低とは、事態の根本的解決はおろか、後々まで引き摺り、後ろ指を指され続け、いつ告げられるかも知れん別離に怯え続け、犯した罪を償う機会を永久に与えられないことだ。違うか」
「違わない」
「だから梅子は拍手した。誰よりも先に」
「……」
「梅子が俺に謝罪させなかったのは遼に教わったからじゃない。梅子は中学時代の教師なぞ誰一人憶えていない。対処法など他人どころか二親にすら教わることなくずっと前から知っていた。たった独りで地獄を、修羅場を潜り抜け、見えない血を流し続けながら。
 だから俺も事態を展開した。梅子が拍手しなければ、俺が舞台へ上がって大糾弾大会を開き、真実をそのまま言い膿を全て出し、警察だろうがマスコミだろうがなんでも呼び付け、奴らは勿論お前だろうが遼だろうが慶の女房だろうが梅子に仇為した人間全員の人生をあの場で潰した。処分法など腐る程ある。梅子の許可は必要無い、加害者次第だ。俺は別にどれでも構わん」
「そうか。だっぷり納得したぜ。中断して悪かったな、続けてくれ」
「結局あの二日間遼に出来たのは“一見名を出さず、しかし誰の目にも相棒に華やかな役目を譲り、自分は名も出さず雑事の一切を引き受けた”というポーズを自分のクラスの連中へ見せつけることだけだった」
「とんでもない欠陥案だったのにな。全部あんたが出来た作業のオコボレに与って、相棒はやっぱり自分を見捨てはしなかったと虎の威を借って保身したってか。まさしく平時の器だぜ。よくそれで嘘でもあたしをソンケーなんざ痒い台詞が出たもんだ」
「なにせお前は冷血A高生の誰をも糾弾せず事後展開を大元の加害者へ一任したからな。それまでもお前の独壇場だったら、俺もある意味そうだが、特に遼は学校へ行けたかどうかすら定かではない」
「あぁ……あたしゃそこまで、というより、ちらっと考えただけだったが……ああそうか、それでか」
「そうだ。登校の切っ掛けを与えられはしたが、昨日のようになにもせず、ただのうのうと自席に居座るなど出来はしない。E組の連中はさぞそう思っていただろう。佐々木が演説周りをしていた時、遼には授業を公休させ部室で作業させた。担当教師にはE組の教室内でそう言わせてある。これでE組の連中は、だったら自分もなにかをしなくてはと思っただろう。
 坂崎だけではなく、梅子の処遇がどうなるか誰より知っていた元Fの連中も薄々E組の状況を感知していた。騒動の経緯を梅子に確認すれば騒動が再現されてしまう。だから処分に脅えた元Fは全員それを阻止した。F組で再現され、またあんな大騒動に発展されたら、今度こそ自分達が処断されると誰よりよく知ってな。
 それを弁えられず個々に詮索を繰り返すだけのE組の連中を元Fはさぞ毛嫌いしただろう。E組とF組、男は断絶状態だったそうだ。
 荷担者には女が多かった。カンの鋭い女共は」
「あたしのことかよ」
「置いておけ。カンが鋭く、自分から騒動の内情に触れれば梅子に切り返されると脅えていた、梅子と接触機会があるE組の女共は梅子と決して直接接触しなかった。これはF組の女もほぼ同然だった。だから俺が宣言した後、俺と梅子が婚約した後の接触機会で必死に拍手をしたらしい。下らん話だ」
「屋上、だったな。……テメェの教室にすらツラ出し出来ない最悪の状況で“誰か”に逢った。そいつは遼をあんなやつかという“嘗め廻すような”視線でなど見ず、まるで遼を知らない。あまつさえ、遼の生涯の分野に興味を持った。……縋りつくように惚れただろう、真っ白に舞い上がって、組章も校章もツラも成績もへったくれも関係なく、余裕もなく……その場面が目に浮かぶよ」
「惚れるというのはそういうものだ。遼もそれを全く知らなかった。女遊びを繰り返しながら、相手は必ず世間では面がどうの、成績がどうのと言われる者だけだった。なのに掃いては捨てていた」
「そして孕ませた。やっと地に足がついた。ところが相棒の相手が価値観以下と知って一年以上相棒込みで見下していた、か。あんたを見下せる機会はそれまで全くなかった。その“隙”を初めて知って、内心でほくそ笑んでいたかも知れないな。それを分かっていたあんたは今にみていろ、実物を見たら一瞬で惚れるんだぞとは思っていただろうが、本当にそういう器だからな、会わせるワケにゃいかなかった、本来は」
「B高かE高へ行けと散々言ったんだがな」
「CだDだは嫌ってかァ?」
「俺がな。同じ市内にいるなとあれ程言ってもどの面下げて来やがった」
「ハ。あんたが断罪したくて、心底腸が煮え繰り返っていた相手は遼だったんだな。後からどの面下げてウメコに惚れやがった挙げ句二股、相手はまたしても“以前の御趣味”通り。ひょっとしたら毛嫌いしていたか?」
「ほう……どうした佐々木。お前でも解らんか」
「まだなにかあるのかよ……」
「俺の下らん話で、一番でかかったのは“現在は”遼の相手だ」
「……どういう意味だ」
「管内中に轟いた、というのでもなければそれ以前にもあった。それは常に“遼の御趣味”通りのラインナップだった」
「……おい……まさか……勘弁しろよ……」
「待てんぞ佐々木。遼は俺と噂になりそうな、軽く殴れば簡単に変わる面、どうでもいい成績の女を漁っていただけだ。付き合った、という事実を皆に見せつけた後、自分から別れ話を出し、その女を悪者にせずさっさと手を切った。そうすれば、その女は“相棒の次はその相棒か”とは言われたくなかろうし実際下らん話にはならなかった」
「……それで、それで遼が沈黙したから、だから次に出た“下らん話”は管内級になっちまったなんて……」
「地形上、五中と六中はもっとも縁がない。もし遼が中二の夏に沈黙していなければどうなっていただろうな」
「何なんだよ!! 一体あんたらは何なんだよ!! それじゃ借りがどうのじゃない!! なにが相棒だ!!」
「だから俺達とガキの頃から知り合いで、事態を冷静に見抜ける前野の女房は常日頃から言っていた、“貸しも借りも無し”と、遼に対して」
「……!」
「俺とて遼が、そんなことばかりしていたなら諌めたが、我ながらあの当時は大の堅物硬派でな。少しは気があるか、それとも借りがどうので動いていたかの判別は付かなかった。だが結局はその全てを履いては捨てた」
「……そんなことをすれば後々どうなるか、いや、当時でさえ周囲にどう思われていたのか分かっていただろう。何故全部を止めなかった」
「全ては遼の責任だ。俺を何と見立てようと、それは変わらん」
「だからワビも入れさせなかったのか」
「ワビは自分からするものだ。自覚もな。させられるものではなかろう、佐々木」
「ケっ……あーあー確かにそうだよよく知っているぜさせられちまったこのあたしがな。最低というよりも最悪……いや、最も残酷な方法だ。あいつの場数は……想像を遥かに超えていたな」
「残酷か。それは被害者がそれだけ凄惨な状況だったという証左だ。梅子は加害者に自分を遥かに超える流血を求める。梅子はそういう器ですらある。自覚せず、なにもないと思い込みながら」
「……それがあんたの留守中一年間で確定された器。育んだのは西園寺。十四年間獄中暮らし、ようやっと見つけた犠牲の子羊に全てをなすり付け、ひとり無自覚に脱獄した、か。ややこしいとは思っていたが、惚れハレだけのややこしいじゃない。四者全員ハラん中では事態の全てを把握していながら全員ハラに抱え込み型。それをある程度ブチまけ解決したのは成田夫妻のみ、あの両人はこれからも抱え続ける、その義務がある、贖わなくちゃならない。坂崎だけじゃなく、和子も非介入なのはそういう意味って分かっているからだったんだな」
「所詮他人の俺達がどう対処しようと流血はあの二人が自らしなくてはならん。出来なければ墓へ行くまで抱えるだけだ」
「最悪、別な墓に収まってな」
「最悪ですらないかも知れん」
「勘弁しろよ……」
「道が別たれたのは二十二年前、夏の終わりだ。俺達は全員生まれる処を間違えた。だがこうして生まれた、廻り廻って巡り巡って今がある。誰が誰にとっての鍵を手に入れたかで今がある」
「ウメコはどうしている」
「俺が忙しくなればなる程、佐々木、お前にだけ見せた表情が日常になる。だが根は赤ん坊のようだ。いつまでもそうで……閉じ込めていないといくらでも自分を傷つけ続ける。躊躇い無く、いつも誰かの為だけに」
「……後者だ。あたしにはもう、ウメコに業を背負わせる勇気はない。事態の全てを分かっていながら有耶無耶にし続けるだけの器なんだ……」
「佐々木。お前が望む器を持っていないなら、そういうやつらを束ねればいい、そうだろう。その為に傷つけ、佐々木」
「あんたは望む器を持っているか」
「その自負を得る為に今までがある」
「……悪かったなしっぽり中邪魔してよ。じゃな」

 佐々木明美はこの電話の後、少し考え、躊躇ってから坂崎へ電話した。
「よう坂崎、佐々木だ」
「なんの用」
「そう邪険にするなよ聡い男。またまた電話で済ましちまうが、ワビだ」
「そ」
「このあいだは喚いて済まなかったな」
「気は晴れた?」
「今成田ちゃんに叱られてな。少々は。ところでさ、あんたの近所にあたしの置いとく大親友が行くんだ、よろしくな」
「置いとくって何」
「俺達とアケは大親友だ、斉は置いといても構わんとよ。バーカ遼、あんたも置くさって言ったんだ。いつだったかな……高一の五月の真ん中頃、だったか」
「そ」
「坂崎。詮索していいか」
「やだね」
「遼が見捨てたといつ気付いた」
「病院でトーチャンに土下座していた時」
「あんたにしちゃ遅いな」
「遼太が動く必要これっぱかしも無いんだけど」
「大嘘こくんじゃないよ。あんな大事件で他人がどうのは関係ない、動かなければ後々まで引き摺っちまう。だからあんたは動いたんだろ。そして動かない成田を、元Fを動かし、更には相馬まで動かした。何故だい」
「俺の行動が遅いとその日中に分かったから。とは言ってもフツー誰でも分かるけど」
「あたしの行動がいかにバカかもかい」
「べっつにー。杉慶の女房が捕まっていたらそいつからの犠牲者と言われてその場でコト足りた」
「だからウメコが引っ張って行ったんだろ。あんたのことだ、ウメコを後からフォローしたんじゃない、あの台詞の瞬間に器を見抜いて事態も全部見抜いて、それで成田を断罪しなかったんだろう」
「俺その時成は隣の人を知らないと思っていたから」
「……そうなのか?」
「あの時点で大元の加害者ったら本来遼太の連れだけだった。成じゃなく連れの所へ行っていたら、後は遼太が成んとこへ行けたかも知んない」
「何故行かなかった」
「連れを断罪する為だ。あの台詞で、連れが隣の人に地獄を見させていたのが分かった。俺が連れ相手にはっきりさせちまえば、連れは罪帳消しになっちまうんだ。だから成の方へ行った」
「成田は邪魔って噂を全然知らなかったんだぜ」
「だろうな。知っていたら五中は壊滅していた。成は隣の人に何かあったら必ずキレた行動を取り周囲を闇に引き摺り込む。俺に自分の死体処理を頼んで行ったぜ、ゲロ懺悔の後」
「……マジかよ」
「六月に来た。トーコちゃんに貰ったピアスは外さないんだけど、これに付けろって生命反応チップを渡された。外したのはそれ一度きりだ」
「応えに窮するぜ」
「こんなものを同年代に頼む意味が分かるか」
「考えたかないね」
「成に何て叱られた?」
「……傷つけとよ」
「ほんじゃその答えは?」
「……長生きする気はねえ。まずウメコが先に死ぬ。直後に自分もくたばって……あのゲス野郎……」
「なんで長生きする気が無いと思う?」
「あたしになにを言わせたい!!」
「なんで隣の人が長生き“出来ず”先に死ぬと思った?」
「なにが言いいたんだ、これ以上なにを言わせたいんだ!!」
「叱られたんだろ?」
「……クソ……あいつがなんでもひとりで抱え込み誰にも吐き出せないのは……そうせざるを得ない状況が常だったからだ、それを叩き込まれていた、憂さを晴らすったって取り立てて趣味はない、ベンキョもシゴトもストレスが溜まるだけ、食って寝るなんざ誰でもしている……おいこれ以上言わせる気か」
「トーゼン」
「クッソー……あいつは自分のせいじゃないのにしこたま抱え込まされていた、誰にも吐き出せない。だからなにかを探していた、ところが自分にゃなにも無い。それで無意識にてめぇの無駄肉を削り出した。だがもう削れないところまで来て……違う、これ以上削っちまったら抱えてるってバレるからこれまた無意識に別な……なにも無い自分に残された唯一のモノを削ぎ出した……。……これで満足か」
「ギリギリ及第点」
「……てめぇってやつぁ……」
「なんで“直後に成もくたばれる”と思った?」
「ッ!」
「初夜早々念入りに入院させたと言っていたな前先」
「……おい、あたしゃここまでゲロしたぜ。そろそろタッチ交代と行こうじゃないか」
「成は確実に短命な隣の人の後をすぐ追う為、互いの躯の各所に生命反応装置を埋め込んで、近所の前先、ン百キロ離れても事態を知っている俺、あと間違いなく遼太にも事後処理を頼んでいる。あんたに頼まなかったのは、もう充分やることやったからだ。あんたは公の場で傷つくべき器だ。そうだろう」
「……なんで坂崎と喋ってる方が重い事実に直面するハメになるんだ……」
「遼太がゲロした時は?」
「あいつぁ誰にも本心を晒さない」
「なんであの両人は二股って分かったまんまにしていると思う?」
「はっきりさせちまったら自分が傷つく、ひとりになりたくない。怯えているからだろ」
「遼太の連れ。自分より美人で優しい女が現れたら、遼太は一瞬でそいつに惚れ、一瞬で自分を見捨てる」
「!」
「遼太。美人で優しくややこしくない、余裕を保てる程度に見下せるアタマの女なんざこの世にゃ腐る程いる。それが見つかるまでの、繋ぎ」
「……」
「ご意見は?」
「……あたしはさっきからなにを言わせたいって言っているんだぜ」
「隣の人が一瞬でケリを付けた昔話を延々持ち出し、斉藤家にゃ絶対通用しないと分かっている上っ面のワビを入れないがどうので話をヒン曲げ、さらに二股がどうこう言ってんのは単に隣の人をダシにしているだけだ。お互いの本性がこうだというのを認めたくないだけだ」
「……」
「ご意見はって詮索しているんだぜ」
「その通りとしか言いようが無い」
「独りになりくないってのは分かるさ、特に遼太は身寄りないしな。だからと言って延々他人を犠牲の子羊に見立てていい道理はない」
「ああ」
「こんなご両人の為に四者会合? 隣の人に対する真の侮辱だ」
「ああ」
「隣の人を傷つけていいのは成だけだ、絶対に世間様へ出しちゃなんない。あんただろうが前先夫妻だろうが父ちゃん母ちゃん以下同文、理由はあんたも知っての通りだ。違うか」
「違わない」
「もう誰も、あんな両人とは接近もしない。なんせ損させるタイプだしー。って、言ってただろ? 遼太」
「……そうさ」
「ソレ。両人共によーく自覚してっからー。どこに行ってもコソコソ夜逃げする。ってのは分かってたけど。縁切った俺がいるこっちへ来るとはな。大メーワクの極み、邪魔だ。あんたから言ってくんない? Go home.って。大親友なんだろ」
「あたしにどう言って欲しいんだい」
「Oh! yes!! とでも言えば」
「どこで乱交しているんだよ……」
「世界中」
「あっそ……」
「あんたと遼太も合わない。関わるな」
「それ褒めているのか?」
「遼太と並べると、誰になにを言っても褒め言葉になるんだぜ。唯一の例外が連れ。だからさっさと極めろと言ったんだ」
「……ご教示有難う御座いました……あんたの牙は無差別過ぎる。前にちらっとだけ、ウメコとあんたでも悪かないかな、と思ったんだが……小松って偉大だな」
「そ。トーコちゃん褒めたんでギリギリ及第点。今度からは金取るからな」
「取られてもいい内容だったよ。……と言いたいところだがあたしは井上じゃない、七ケタ八ケタは勘弁だ。……今のところ五桁が限度でね」
「そ。投票はしてやるから」
「あんがとよ。じゃな」

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