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Sun,27 Jul 2003

He strayed from the path of ... 6. 行けなかった理由

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 合格発表の時の斉のツラったらなかった。テメェの娘息子が産まれましたって聞いてもあんなツラはしねェだろうな、ってくらい喜んでさ。当人流に言やァ真っ白になって浮かれて舞い上りの豪快三連発よ。
 梅の字がどう言われようと、斉だけは「五中のやつらが梅の字にツバ付けるかも」って思ってもおかしくねェ。だが斉はとにかくガキでな。その手のイロコイ沙汰は一切考慮の範疇外だった。
 合格したし卒業も無事出来たし、逢いに行こうと思えば行けたし、もうよかった筈なんだけどさ。駄目だ俺、総代ちゃんとやってから逢うとかガキくせェ口調になんのな梅の字の話になるとさ……。

 ……あんな噂が出ていたとはいえ、所詮大嘘。斉なら片手間で解決する。ならむしろその方が劇的だ。
 そう思っていた。……ここまでの実害があったなんざ、考えもしなかった。噂の出始めの時期を見抜いていたのに、黙って勝手にコソコソ行って、斉藤家とか五中とか、斉にバレねえように直で調べるなんざいくらでも出来たのに、そしたらその後の、解決に五年も掛かった事件だってすぐ分かったのに……なんでコソコソ調べやがった浮気者とか、俺が斉に殴り倒されただけで済んだのに……。
 俺はあの騒動、事前に予測出来ていた。
 受験結果が事前の順位より大幅に落ちていたことで、噂をからめて“要素”を見抜けた筈だった。入学式梅の字の名が呼ばれた時空気がピンと固まったことも少し考慮すれば憶測出来ていた筈だった。せめて同じクラスだったら、所詮他人事と言って事態を軽視して、……いや、梅の字自身を軽視していたんだ。

 後は知っての通りだ。俺が噂と騒動の内容を知らない斉の元へ行かなかったのは、行けるわけがねェ、どの面下げてだ、相棒を何一つ信じちゃいなかった、あれだけ凄惨な女嫌いだった相棒がやっと見つけた光を直接見もせず知りもせず軽蔑し尽くしていたんだ、言葉でも、態度でもずっと!
 ……この改造携帯を俺が持った理由を教えてやろう。幼馴染みは今でも、……斉のはどうか分からんが、俺の番号は知っちゃいない。それでも持ち、震えれば出る。
 ひと一人の人生を潰した、その事実を忘れない為にだ。……こういう経緯の電話でなにを知らせろって言うんだよ。

 斉は騒動の顛末を知ってお得意のノロケ電話を掛けて来た。窮地に陥った女を救うから手伝え、とな。この改造携帯でだ! ……俺が使ったのはこれが初めてだった。なにせ住所は三軒先、学校は大学までも全部一緒。会話するのに携帯なんざ要らねェよ。あの電話で断罪されるべきである立場だと自覚した。俺はただ従った。
 俺が作業したと名を出すな、と言った。こんな騒動が起き、動かなかった斉。なら惚れた時期はその前々からですとは言えん。だから斉とイコールな俺を釘刺していた斉の立場を考えて言った。俺も保身したんだよ。
 翌日昼、梅の字をそうだと見抜けなかったのが俺の最大の罪かも知れねェ。襟の組章を見なかった。F組とあったのにさ。そんなもんマジマジ見る気分じゃあなくてな。俺は五中以外のデータは全部持っていた、全員の面を覚えている。だから、そいつが梅の字だと、本当は分かったんだよ。声でもだ。他人に喋ることはなにもない、という梅の字の名言をこの耳ではっきり聞いていたのにコロっと惚れた。
 告れなかった。なにせどの面下げてな身分なもんでな、名乗れもしなかった。翌朝、梅の字がF組へ入っていく姿を見て、初めてあれがなんとかウメコだと気が付いた。
 二律相反獄中生活のスタートさ。俺が惚れた、相棒との仲を成就させると誓った、俺が心底軽蔑した、その場で相手に惚れさせる器を持つ、糾弾されれば俺こそが人生終わり、という人間だったと気付いて愕然とした。
 まるで余裕の無かった俺は一限目おわり、大の節介詮索嫌いの坂崎に確認した。そいつが梅の字かどうか、とな。確信さえしていたが、信じたくなかった。そりゃねえべ、最悪のシチュエーションじゃねえか、そう思いながら。いつか逆襲されると分かって坂崎に尋ねた。そうだとよ。目の前お先真っ暗になったら斉が来た。
 そいつ以外、なにも見ていない目だったよ……。空洞の、凶悪な闇が光を求めていた。こいつはこれがいなきゃこの場で死んじまう、すぐに分かった。だから、俺は告白・謝罪・懺悔その他諸々全部抱え込むと決めた。

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